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(取材受付時間/9:00〜17:00)

(順不同)

31歳にして私はmacoseの新入社員になりました。10数年前のことです。

オリジナル会葬礼状とともに会社が成長していく様を見てきましたから節目ごとに感慨にひたることもあります。

そのたびに想うのは、自分は最高の仕事に出合えたんだということです。

人の悲しみに向き合うのはたやすいことではなく、挫けそうになることは日常茶飯事。それでも他にはないこの仕事と、年上年下の区別なく、リスペクトすべき人がわんさかいるこの職場は最強です。

あとはこれからもずっと健康で頑張ること。買ったばかりのマイホームを癒やしの空間にして、自分にできることを探し続けていきます。

 

子供の頃から本の虫。毎月一冊買ってもらうハードカバーの全集が楽しみでした。

高校の頃、なにげに読んだ三国志のおもしろさにはまり、大学では東洋史を専攻。

発掘のアルバイトにも情熱を燃やした、歴史好きのオタク系女子でした。卒業する頃 目の前で空前のバブルがパチンとはじけ、就職難。某病院になんとか就職し、そこで12年の長きを過ごすも、体力の限界を感じて退職。その後、就職活動と職業訓練という名の人生の夏休みを過ごした後、マコセと出会い今日に至る。四十過ぎで結婚し、高齢出産を経験。様々な悩みはあるも、家族がいて、やり甲斐ある仕事があることに〝幸せだなぁー〟と加山雄三のようにつぶやくアラフィフです。

 

尊敬して止まない幕末の偉人、坂本龍馬と同じ誕生日の生まれ。

前職は一般事務と言いつつも資材発注や配達、金属加工の簡単なCAD図面作成もこなしていた。学生の頃から得意とする日本史の知識が地味に役立っているこの職場。家紋を探し出すのが異様に早いと、本人の知らないところでは『家紋の鬼』の異名で呼ばれているらしい。嘘のような本当の話。

取材は一度きり。『一期一会』の精神で電話の向こう側から聞こえてくる声や音にじっと耳を澄ませる。もらい泣きすることくらい、いいじゃないか人間だもの。私生活では旅好きで、一人旅もまた楽し。日本酒の蔵やワイナリー巡りをしたくて、テレビの旅番組を見ながらうずうずしている。

 

接客販売・製造・事務と、様々な職を転々とすること十数年。職業訓練校と実地研修で学んだ簿記の知識を活かすべく募集に手を挙げたが、蓋を開けて目が点、「見たことありますか?」と差し出されたのは一篇の物語のような文章たち…これが会葬礼状との出会いだった。面接後なかなか合否の連絡を頂けず業を煮やして自ら電話をかけ、こぎ着けた一日体験入社、その帰り道に採用の一報を頂いてから実に九年。『これまで生きてきた中で”今”が一番良い』を更新しつつ現在育児にも奮闘中。無償の愛とは親が与えるのではなく子から与えられるものなのだと感じる一方で、身体を見習って心も丸くならないかな…と遠くを見つめる毎日。横になって三秒、気絶するように寝落ちするのをどうにかしたい。

 

旅行代理店での高校留学サポート経験を経て、広告代理店へ。これといった資格もなく一般事務の募集を見て面接を受けたところ、文章作成の仕事だと知らされ、いささか取り乱す。しかし当時30代前半。新たなことに挑戦する機会も今後そう多くはないとご縁に飛びつく。入社当初は先輩方の素敵な文章に挫折の連続。しかし喪家様に喜んで頂けたことが何よりの成功体験となって今日に至る。日々心がけていることは、自我を出さず黒子に徹すること。お話しくださった方のお声や雰囲気に合った言葉を選び、その方らしい表現や構成を模索。趣味は食べること、始めたいのはダイエット。前者の欲求が後者を圧倒している現状ながら一縷の望みは捨てていない。

 

 

塾講師をしていたある日「朝起きて夜寝る生活がしたい」とふと思う。

小5からみてきた我が子のような子達が高校受験を終えるまでは応援しようと決め、中3の担任までもたせてもらう。桜舞うなか一緒に卒業。図書館が好きで司書の資格を取得するも、募集がない。「ならばこの年齢からなら経理だ!」と思い込んで簿記を勉強し、マコセに入社。ところが「最終的には経理だとしても、物は試しだ書いてみないか?」とすすめられ、しぶしぶお礼状を書いてみる。それから今日まで夢中で書いている。国語を教えていた時代に学び直した文法、好みは偏っていても読んできた本の言葉達…無駄なものってないんだな。「そろそろお嫁さんになりたい」とふと思う今日この頃。

 

大学で日本語教育を専攻。

某テレビ局の契約社員を経て日本語教師となり韓国へ。日本語言語民教師として高校に勤務。外国人としての自分、外国語としての日本語、すべてが新鮮で楽しく、ここで一生を送ってもよいと考えていたが、私のことばかり心配している祖母の気持ちをむげに出来ず数年後 帰国。しっかりと生計を立てられる仕事を探すも苦戦を強いられる。そんな中 運命の糸に引き寄せられて礼状づくりの道へ。

壁にぶつかり涙の毎日だったものの、1つ1つ乗りこえて今に至る。祖母の死、結婚、出産を経験し、礼状に対する気持ちが変わった。もっと「心の奥にある想い」をくみ取りたいと取材を大切にする毎日。いつの日か定年を迎えたら、シニアボランティアとして海外で働きたい。

デスクワーク歴が長いことから、弊社の事務職に応募。面接で「母親が死んだと仮定して会葬礼状を書いてみて」と言われ、面食らう。

アルバイトも含めれば、犯罪系以外の職種はたいてい経験済みだと自負していたが、文章作成は初めて。加えてillustratorなるソフトの扱いも初めてで、入社以来、先輩方には随分ご指導いただいた。

その恩返しも兼ねて、弊社業務に必須の“台紙”の整理が自分の仕事だと、いつの頃からか勝手に決めている。

気持ちが高じて私生活でも片付けがマイブーム。本も、人間6人分の体積くらいは捨てた。

その爽快感と罪悪感から読書もマイブーム。電子書籍に興味があるが、情報の波に翻弄われて入手には至らず。

生まれも育ちも鹿児島。

祖母が近くに住んでいたため、幼い頃から『鹿児島弁』が身近にあった。そのためか、花屋でのバイト時代にはお客様のなかでも祖父母と同世代くらいの方達と話が弾むことが多かった。母の骨折を機に正社員での就職を目指す。

マコセにめぐり会い、自分に文章が書けるだろうかと模索しながらの日々を送るものの『絵本好き』を武器に奮闘する。この仕事から学んだのは、家族や周りとの絆がいかに人生の宝となるのかということ。

現在、大切にしているのは先輩から教わった極意。聞きたいことを聞くのではなく、話したいことを引き出す力を身に付けること。春夏秋冬問わず、様々な花を見に出かけるのが大好き。

 

大の雑誌好きながら、自分は読む専門だと思っていたのに、気付けば編集者に。担当はブライダル専門誌で、企画・営業・執筆・デザイン打ち合わせ・イベント運営まで、何でも屋のような仕事を7年経験。そこで学んだのは、結婚式という節目を大切にする中で、家族や周りの人との心のつながりが強くなるということでした。

葬儀の世界も人生の節目に携わらせて頂くという意味では同じ。礼状作成を通してご遺族様が自分を見つめ直すきっかけを作り、未来へ進むお手伝いをしたい!というのが、モットーです。

今注目しているのは、テレ東系『孤独のグルメ』『さぼリーマン甘太朗』や、いぶし銀の演技が光る『バイプレーヤーズ』など攻めてるドラマシリーズ。

住宅会社にて戸建ての営業をするも、インドア派なので事務仕事の方が性に合っていると気づく。

退職後 寿司屋でアルバイトをしたり職業訓練に通いながら就職活動をし、マコセに出会う。

最初の印象は「すごくオシャレな会社、なんか月9みた~い」動機は不純でミーハーだけど、やる気は十二分。ご遺族様が泣いて笑ってくださるような、温かいお礼状を作ることが目標です。休日は家でごろごろ、たまに旅行、そして夢は大きく世界一周。

取材でご遺族様から旅行の話を聞いて、プチトリップするのがささやかな楽しみです。

自分の人生を振り返った時、「悔いは無い」と笑って言えるよう、オンオフをしっかりとつけて日々生きています。

 

学生時代は日本語日本文学専攻に在籍しながら、実は極度の活字アレルギー。

しかしマコセあるある『一般事務と思い、入社』で飛び込む。電話も嫌いな人見知りという不向きの要素しかない私がこの仕事を6年以上続けているのは、この仕事や会社にそれだけの魅力が見つけたから。何より好きなのは取材の時間。

少しずつ心を開いて頂けるのが分かった時と「あなたに聞いてもらえてよかった」と言われる瞬間が一番嬉しい。ほっとした声にこちらが癒やされます。

それと仕事を教えて下さる先輩方があまりにも優しすぎて震えた。他部署とも仲良しで終業後は学校にいるような感覚。

仕事中は戦場だけど、やり甲斐も楽しさもあり、何より会社のみんなが大大大好き。

大学卒業後、販売職を経てこの会社と出会う。

取り立てて読書好きではないが、活字に自然と目が行く体質、そして日記を書く事が長年の習慣だったという下地の上に「やりがい」が乗っかって、この仕事を続けることができている。

ごてごてと飾るのは苦手で「シンプルで、心にすっとしみる文章」が理想。その人らしい言葉を探すように心がけているが、7年目の今でも目標にはほど遠い。

たまに弾丸一人旅をする。昨年東京に行った時は1泊2日で7人の友人と会った。

ストレス解消はひとりカラオケ(アニソン縛り)と年に数度のライブ参戦。

色々と行くが、YUKIちゃんのライブだけは別格。ジュディマリの頃から神様だと思っている。意外と言われるがけっこうオタク。

幼稚園生のときに英会話教室に入る。

記憶に残ってるフレーズは、I’m hungry. ちなみに初めて受けたテストは、0点。

居残りした回数は数えきれない。でも英語が嫌いになったことは一度もない。一緒に入会した幼なじみは全員やめてしまったが、高校3年生まで続けて無事に卒業。この頃から負けず嫌いだったようだ。大学では外国語学部に入学し、20歳のときに初めての海外イギリスへ。ホームステイ先のおばあちゃんと家族同然のように親しくなり、今でも交流は続いている。

この仕事をするようになり、以前にも増して「一日一日を大切にしよう」「周りの人を大切にしよう」と思うようになった。これからもたくさんの人と関わりながら自分を磨き、お礼状作りに取り組んでいきたい。

以前は法律事務所で働く。

刑事事件では事件現場の衝撃的な証拠写真、破産に至るまでの人生劇、探偵事務所から送られてくる不倫現場の証拠写真などを目の当たりにし「”人生色々”とはよく言ったものだ」と驚きの連続。

また、自由奔放なボスに振り回されてきたので多少のことでは動じません。

3年前から母親という肩書きが加わる。「女たるや白馬の王子様を待つのではなく、自分の人生をしっかり歩んで欲しい」と願い、2人の娘達の手本の女性となれるよう仕事に励む日々。…とは言いつつ、夫の支えなしに働くことは出来ないと痛感。笑顔と感謝の気持ちを忘れず生きるのが人生の目標。

いつか夫婦でミコノス島に行きたいな~と勝手に思っています。

前職では総務・経理をしていたが、ルーチンワークが向かないことを痛感し、40代でマコセに転職。まさか採用されると思っていなかったのでとても嬉しかった。心がけているのは傾聴の姿勢。”心に寄り添う”を通り越し、同調しすぎて嗚咽しながら話を聞くことも多い。良い取材が良い文章を生み出すと信じて、聞き役に徹するようにしている。

堤と名乗ってわかっていただけなくても、マツケンというと思い出していただける。

これもある意味個性だろうと開き直っている。趣味はオンラインゲーム。

他県に住む息子と一緒に仮想空間で冒険する時間が息抜きになっている。現在子離れの準備中。数日前から始めたジム通いを通して新しい友人を作りたいと思っている。

特技はフルート、好きな食べ物は梅干し。

チャームポイントは広いおでこ。高校時代は理系クラスを選択。国語より数学の方が得意だったが、短大は文学科日本語日本文学専攻へ入学。正直国語は苦手なまま。そして就活中にマコセと運命の出会いを果たす。説明会に参加した際、壁をよじ登るスパイダーマンの像に魅せられ入社を決意。

5年が経つが、今もスパイダーマンの後ろ姿に恋焦がれている。

この会社に入り、祖母のお礼状を作成出来たのが一番嬉しかった。悲しみの中で礼状を書き上げるのは辛かったが、自分にしか書けないのだと自らを奮い立たせた。大切な人との別れを迎えた時、誰もが伝えたい想いがあるだろう。

その心の声を聞き取るのが私の仕事である。

3年間ブライダル業界に身を置き、年間120組以上の新郎新婦の衣裳を担当。

“四六時中ぶりっこ”とも言われる愛想のよさと、THE A型の几帳面な仕事ぶりで花嫁さん達の心を掴み、ちゃっかり売り上げをのばすタイプでした。20代半ばの頃、地元鹿児島に帰りたいとUターン転職。

現在は常に誠実であることをモットーに、会葬礼状を書いています。どんなに忙しくても絶対に手を抜かない、その真面目さには自信あり!

しんどい時こそ笑顔でいるようにしています。

休日は普段の朝寝坊が嘘のように早起きし、早朝から迷惑なほどハイテンション。

誘われれば すぐに家を出るフットワークの軽さから、ある後輩には「井手さん足速い」と言われています。

某国立大学卒業後、実家の手伝いをしつつ自分探しへ。その間に参列した葬儀で配られていた会葬礼状を読み、この仕事に興味を持つ。今は二児の母として子育てに奮闘しつつ、日々仕事に取り組んでいる。仕事の時間は仕事に集中、子供との時間は仕事を忘れて思いっきり遊ぶがモットー。

作業の効率化をはかるためにも手を動かす前に必ずその後の段取りを組むようにしている。文章を作る際に念頭に置いているのは「同じ人生はひとつとして存在しない。だから出来る文章も自ずと違ってくるはず」ということ。その人に合った文章を作るため、表現への挑戦を忘れない。

また色々な作品に触れるのが大事だと、暇さえあれば本や漫画(主に漫画)を読みあさっている。

鹿児島生まれだが、心と体を育んでくれた地は加えて福岡、大阪、沖縄。

これまでの職場は居酒屋、カラオケ、ゴルフ練習場、証券会社、住宅設備メーカーと様々。

型にはまらない生き方が好き、そして手紙を書くのが好き、そんな私にとってオリジナル会葬礼状を作る仕事に出会えたのは運命だった。

お礼状を作る時に大切にしているのは、相手の心の温度を大切にすること。電話越しに受け取った言葉や感情を心に刻み、そのご家族の一員になったつもりで作成する日々。パワーの源はお酒。

最近はリモンチェッロとスパークリングワインと小洒落た感じがお気に入り。

ただ年々飲めなくなっているのが悩み…涙。

 

生まれた時は3000㌘越え。かつて一度も痩せたことはない。

母のお腹の中にいる時からアイス!アイス!と求めていたほどアイスが大好き、食べることが好き。〝手に職を持て〟という母の教えにより中学で栄養士を志す。しかし間違いだった。

料理は得意だが栄養管理はもっぱら苦手。今の私そのものが、完全に結果にコミットされているわけである。信じ難いかもしれないが、こんな私でも水に浮くのは何より得意。水泳は3歳からしていた。自分の手料理で誰かを笑顔にした時が無性に嬉しいように、ライターとして誰かの心の中に小さいな灯火をつけることが出来たら 最高の幸せ。文章を書くことは『大』がつくほど苦手な私が、これまでの人生の中で一番好き!と言える初めての仕事なのだ。

夢かなえ司書となり、短大図書館で6年、中高一貫校で1年勤務。結婚、出産のため泣く泣く退職。2人目を出産後、小学校の司書として再び働き、喜びの毎日を送る。3人目の出産でまた退職。少し落ち着いた頃、ママ友の紹介により葬儀社でパート勤務。葬儀が大切な方を弔うもの、故人が生きた証であり、ご遺族の心を癒やす場でもあることを身を以て体験する。紆余曲折あり、「食い扶持を稼がねば」と決意してマコセに履歴書を送り、奇跡的に採用。想いを伝える難しさを日々感じている。悩み、落ち込む私を支え、元気の源となっているのが愛しい娘達。そして大好きな温泉でリフレッシュして、またパソコンの前で悪戦苦闘…いえ善戦健闘?している。

 

 

自分の父親のときのお礼状が、今仕事をする上で      の指針となっている。通夜の晩に何度も何度も家族や親族で読み、「お父さんってこんな人だったよね」からはじまり、「そういえばさ、あんなこともあったよね~」と父のことを語り合ったあの時間。

その時間を自分の文章を読んだご遺族にも持ってもらいたいという目標を掲げて、鋭意努力中。目指しているのは「その人らしく、再読にたえうる文章」前職でビール会社で働いていたほどビールが好き。

働いているのはビー ルを美味しく飲むためと公言している。休みの日は、手製の焼き鳥で一杯。

燻製もちらほら。そのうちウインナーとベーコンを作りたいというのと、自家製ピザ釜を作りたいというのが、目下の夢。

体育会の部活に所属し武道に汗を流した大学時代。癖の強い友人達に恵まれ履歴書やラブレターを代筆している内に文章の魅力に気がつきました。しかし就活時はリーマンショックの就職氷河期。

進んだ道は手に職を、とのことで介護職でした。その後 営業職に就くも文章を書きたいという気持ちは変わりません。鹿児島に住む祖父母も高齢になり おじいちゃんおばあちゃん孝行をしたい、夢も諦めきれない…というジレンマに苛まれる日々に頭を抱えていた時 この会社と出逢い、二つの念願が叶いました。

怠けない。それが私の座右の銘。

あの日「あなたで良かった」と言ってくださった喪家様を、そして自分自身を裏切らぬよう、これからも前進してまいります。

 

学生時代にしていたアルバイトの影響でテレビ業界を目指す。地域密着の番組を作るという壮大なプランを抱え各地を行脚するも撃沈。

創作して発信する仕事という共通点を心の支えにして広告代理店へ。入社当初は先輩達の手際の良さと仕事の質の高さに愕然とする。しかし、逆境でこそ血が騒ぐのが元野球部。

千回の素振りや30Kmのランニングに比べれば、なんてことないと腹をくくり、今に至る。働くうえで大事にしているのは遺族に真摯に向き合うこと。一件入魂の精神で仕事に取り組む。

私生活では高校野球からメジャーリーグまでをチェックする病的な野球ファン。

愛用のアプリはスポーツナビ。愛読書は週刊ベースボール。

一般事務に飽きて、憧れの映画館でアルバイトを始める。正社員での就職を目指し「自分を成長させる」がウリのカーブスに入社。そこで書いた手紙を褒められ、ライターを志す。出版社に履歴書を送るも書類で落ち、市役所の臨時職員へ。

今はこの仕事の虜。「その方らしい」お礼状を大切にしたい。時間と闘いながらも、適当な文章は絶対に書かないと決めている。日々心掛けていることは、「できません」は絶対言わない。できる方法を探す。嫌いな人を作らない。月10はヨガ教室に通い、プールにも行く。毎日玄米を食べ、ヤクルトと豆乳も欠かさない。「健康」と名のつくものがとにかく大スキで、リア充と思われがちだが実はオタク。

 

 

社会人1年目は栄養士として奮闘。その後 転職し、不動産の賃貸営業を楽しむ。不況の煽りを受けリストラに遭ってからはコールセンターや生保営業、派遣で事務職等を経験。ダブルワークをして必死に働く。会社との出会いも派遣から。校正サポートスタッフを経て今はライターに。20代前半に受けたラーメン屋の2号店の店長の話を蹴っていなければ、こんなに素敵な職に就けなかったと思う。今はお客様と一緒に泣いて一緒に笑って〝その人らしい文章〟を模索中。最近の息抜きは夜ランとボクササイズ。ボルダリングも好き。体育は常に3だったが毎年参加するフルマラソンは何とか完走。橋フェチのため遠出する時は橋チェックを欠かさない。

 

 

小学校教員を目指し、大学在学中から家庭教師を始める。主に指導していたのは小・中学生。教えるよりも、一緒に悩んで解決することを目指していた。

教師とは違う仕事に就いてみたいと、人生について模索していた時期に出会ったのがこの会社。今なお手探りながらも、「ご遺族様自身が書かれた」ような文章をモットーに、仕事に励んでいる。

好きなものへの思いは一途で、時間を忘れて熱く語る。愛を注いでいるのはゲームで、最近のお気に入りはファイアーエムブレムシリーズ。

物語を彩るゲーム音楽にも夢中。

休日に家でごろごろするのが大好き。

でも声をかけられたら、喜んで出かける。

料理が「食べる専門」なのでいつか上手になりたいと思っている。

「花は霧島~煙草は国分~」で有名な霧島市出身。小学校教諭を1年つとめた後、マコセのHPを見て感動し、入社。元々 人と話すことが好きということもあり、どんどん仕事に引き込まれるように。

ご遺族に「思いがけず沢山話してしまった!」と思って頂けるような取材をモットーに、落ち着いた声のトーンで共感を示すことによって、より話しやすい状況を作り出すよう心がけている。手に取った方が故人様を偲び、ホロリと泣いてそして最後は笑顔になれるような文章作成を目指している。「あなたに書いてもらいたい!」と言われるライターになることが今の目標。よく言われるのは「珍しい苗字ですね」と「いい声ですね」。あまりメジャーではない観光地巡りをしたいと秘かに検討中。

高校3年生の時、父が他界。大学1年生の時、母が他界。立て続けにおきた両親との別れ。今でも もっとやれることがあったのではないかと後悔することがあります。

どうしようもなく声が聞きたくなることもあります。夢に両親が出てくると、心が沈んでしまいます。それが”夢”だと気づき、現実なのだと思い知らされるからです。何年経っても消えない、寂しさ…。それでも 両親との別れは私を強くしてくれました。今 こうしてマコセで働いているのも、運命なのだと思います。ひとり ひとり違う状況、違う環境ですが、大切な人を失ったことは同じです。あの頃の自分に声をかけるつもりで、自分の家族だと思って話を聞くことを信念としてこれからも 一層励んで参ります。

 

最近よくコンビニスイーツで目にする、八女茶の名産地が地元。

幼少期は友人と野山を駆けまわっていたが、

読書の楽しさを知ってからは本の虫。朝昼晩本の世界に浸る。「いつか物語を書く仕事につきたい」そう考えるようになり、就活真っ只中だった22歳の秋、マコセと出会う。涙を誘い、笑みを誘う、オリジナル会葬礼状の持つ魅力に”一目惚れ”して入社。様々な苦難を経験し、心が折れそうになることも。

それでも歩みを止めないのは、それ以上のやり甲斐をこの仕事が与えてくれるからに他ならない。誰かの人生を綴り、言葉にならぬ想いを紡ぐことの楽しさ、そして作り上げた文章を誰かに感謝してもらえることの喜びに力をもらい、日々精進をかさねる。

 

日本史を学ぼうと短大から大学に編入し、卒業後は非常勤職員で歴史資料の編纂業務に携わる。系図を眺めるのが好き。晩年は孫を見守りながらのんびり歴史小説を書いて過ごすのが目標。しかし独身のため 現在恋人募集中。夢は遠い。5年働いた後、短大時代の友人の紹介でマコセに入社。新人と呼ばれなくなった現在でもまだまだ勉強不足を痛感しているが、「取材で聞けなかったご遺族の思いを汲み取る」を信条に日々新しい気持ちでお礼状作りに励んでいる。「出来ませんではなく」と「頑張ります!」と返事をするように心がけているものの、周りには助けられてばかり…。インドア派で、好きなものはゲームと漫画。食べたいという欲求と闘いながら、5キロ減を目指している。

しかし私は日本人。どうしてもお米の誘惑に勝てない。

優しい父母のもと、生粋の鹿児島人としてぬくぬくと育つ。長く勤めた農協を退職してからは、NPO法人、役場の臨時職員などをふらふらする。海岸で松ぼっくりを並べていた。数年前、一番の支えだった母が他界。葬儀の際に会館の方からすすめられ、オリジナル会葬礼状を依頼することになった。確認用に送られてきた原稿を見て感動。「お母さん、こういう人だったよね」と何度も見返しては涙ぐむ。この一件が今の仕事を知るきっかけになった。あの時の気持ちを忘れずに、故人様との思い出を振り返ることができるお礼状を作りたい。…とは思っていてもなかなか上手くいかない毎日。皆さんに追いつきたい。昔飼っていたうさぎを偲びつつ、エアなでなでするのが癒やし。

 

 

単位の数え間違いで大学卒業が1年遅れ、人生の旅人に。某病院に入職し介護と事務を経験。そこで思ったのは「人と話すのが好き」ということ。

しかし“ココジャナイ感”を持ち続けた末に退職。マコセへ入社。

沢山失敗して沢山怒られ泣いたりもしたが、最高の先輩や同期に恵まれ今では“ココジャナイト感”でいっぱい。居酒屋や飲食店でのアルバイト等 サービス業一本だったので、「お客様に喜んでほしい!」の気持ちは大きい。この仕事は好きだが、礼状の取材で結婚への理想が高まり過ぎるのはデメリットと言えようか。実は皆で定時退社、皆で楽しく仕事!が目標である。

私生活ではダイエットがしょっちゅう始まるが、終わったことはない。毎日ご飯が美味しい。

平成3年3月22日午前11時、この語呂の良さがお気に入り。六星占術は火星人、血液型はAB型という根っからの変人気質。

食べることと、人の喜ぶ顔が大好物で、学生時代は富士山の麓、山中湖畔のイタリアンでバイト三昧の日々だった。学生時代を過ごした山梨の気候がぴったり合うも、一身上の都合によりやむなく鹿児島へカムバック。就職を始めようかという矢先、友人のバイト先が人員を募集しているという棚からぼた餅な話を聞きつけ早速面接へ。仕事も遊びも夢中に!そんな先輩方に日々刺激を受け、喪家様の言葉を大切に文章作成を心掛けております。将来の夢は双子の赤ちゃんを生んで、乳母車に乗せて散歩をすること。※まだまだ先になりそうです。

 

「めずらしい名字」と言われます。けれども父の故郷は、鹿児島県の南のほうのとある田舎町で、その名も「まかや町」…まかやさんがたくさん住んでいます。ホテルで四年ほど勤務し、マコセへ来ました。ホテルはお客様の喜びに立ち会う場所、こちらでは、日々、皆様の悲しみに向き合っています。

どちらもたった一度きり、人生の大切な節目であることは変わらないなあ、終わってから「いい旅行だった」「いい式だった」そう振り返るのが理想だなと感じます。文章作りでは、喪家様らしさと読みやすさを大切に。スピードも意識して。休日は母とカフェ巡り、読書、アニメ…。

いつか、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星」に乗るのが夢です。

 

 

短大では日本語日本文学を専攻するも、実は大の古文嫌い。

ある日教授から「面白そうな会社がある」と勧められ、履歴書を送ったことがきっかけだった。何よりも“自由な社風”に惹かれたことをよく覚えている。

学生時代のアルバイトは接客業を率先して選ぶほど大好きだった為パソコンに向き合う日々に不安はあったものの、先輩方の素敵な文章を読んで「絶対にここに入社するんだ」と誓い、今にいたる。

私が作った一枚がご遺族にとっての「宝物」のような大きな存在になれたらいいなと思いつつ、一文一文に魂を込めるつもりで作成している。

息抜きは買い物。有り余るほどのお金を手にして何も気にせず買い物をしまくるのが夢。

 

数学と化学が大好きだった私を変えたのは、夏目漱石の『こころ』との出逢いでした。

文転し、志望校合格を目指した浪人時代は苦労の連続。しかし、それは今の自分を形作る大切な要素になっております。

大学では近代文学を専攻し、入学当初は勉学に情熱を注いでいたものの、いつしか趣味で始めた音楽にのめりこみ、作詞作曲に明け暮れる日々を送ってしまいました。

自分の好きなことだけをしていた大学生時代の私を救ってくれたのは、またしても『こころ』。

その一節「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」は今も座右の銘です。私達の仕事は「心を伝える」こと。声なき声に耳を傾け、胸の内に秘めた想いを皆様に届けられるよう努力してまいります。

大学では近世文学と教育学を学ぶ。

故郷鹿児島での就職を志し、「オリジナル会葬礼状」という耳慣れないワードに目がとまる。もともと聞くことや書くことが好きだったため、「とにかくやってみたい!」と思い飛びつく。ハードな職場ながら、周りの先輩方、仲間に支えられつつ、葛藤しつつ、良い物を届けようと毎日奮闘中。

ご遺族様からの「ありがとう」のお声が何よりの励み。学生時代を広島で過ごしてからすっかり虜になったので、取材で広島やカープの話題が出るだけでテンションが上がる。一人でも多くの方に喜んで頂けるよう、今日もお気に入りのコーヒーをそばにおいて話にじっと耳を傾ける。

 

 

 

ずっと接客業に携わっていたのは「ありがとう」と言ってもらえるのが嬉しいからだと思っていたのですが…続けていくうちに気付きました。私は「人の心が動く瞬間」を見ていたいのだと。飲食店、ブライダル、そしてご縁があってマコセへ…。「何故、畑違いの仕事へ?」とよく聞かれるのですが、私にとっては同業です。さりげなく手ふきを差し出し「どうしてわかったの?」と驚かれつつも、嬉しそうな表情で受け取って貰えたとき。自分の出した合図で演出が始まり、新郎新婦とゲスト全員が何とも言えない笑顔を見せたとき。いい仕事したな!と自分で自分を褒めてきました。私が笑うことで、相手も笑う。ただただ向き合うことで、相手の心から曇りが消えて、少しだけ表情が明るくなる…。そんな瞬間に出会うたびに、幸せな気持ちになれます。

通知表には必ず〝マイペース〟と書かれていたほど、子どもの頃から何をするにも、のんびり、ゆっくり。食べるのも遅く、小学生の頃は居残り給食の常連。昼休みでは時間が足りず、放課後〝これは夜ごはん〟と言い聞かせて完食する日々を送る。時間はかかるかもしれないが、他人にできて自分にできないことはないと学ぶ。粘り強さを武器にマコセへ入社。てきぱきと仕事をこなす先輩方に憧れを抱き、人生で初めて急ぐ毎日。そのぶん休日は自分のペースでのんびり、ゆっくり過ごす。とにかく家が大好きで、一歩も外に出ないことも。お礼状作りというやりがいのある仕事に出会えたおかげで、ただの引きこもりならずにすんだと、働ける幸せをかみしめている。

 

 

幼い頃に読んだ「スーホの白い馬」という絵本がきっかけで“馬でモンゴルの草原を走りたい”という夢を持つ。大学では馬術部に入り、選んだ卒論テーマはモンゴル経済。水道も電気もない遊牧民の暮らしを経験し、念願の“草原を馬で疾走”も果たす。

卒業後は生保の営業や数社での事務職を経て、マコセへ。会葬礼状は会葬者へお渡しする挨拶状であると同時に、残された人から亡くなった方への手紙のような気がする…そう考えた時、手紙を貰うのも出すのも好きな私にも挑戦できるかもしれないと思い入社を決意。

忘れられないのはご遺族様から「素敵な文章をありがとう。またこんな機会があったら(ない方がいいけれど)あなたにお願いしたい」とお礼の電話を頂いたこと。涙が止まらなかった。

10年間幼稚園教育に携わり、藤井四段も受けていたという『モンテッソーリ教育』を通して日々子ども達と“楽しく、元気に、明るく”過ごす。新しい世界を見てみたいと転職を決意し、畑違いの仕事ではあるが「寄り添う」のは、子ども達もご遺族も同じだということに気付かされた。

「どんなに辛くても逃げださない」をモットーに、真摯にご遺族と向き合い、喜んでいただける文章を書けるようになりたいと日々精進中。

結婚出産が「女の幸せ」ではないと思うが、やはり王道の幸せを夢みる乙女でいたいので、2019年までには結婚したい!そしていつの日か、マイマンションで愛する家族とペットと暮らすのが夢。

 

 

ドラマ「ショムニ」を見て、オフィスをハイヒールで颯爽と歩くOLさんに憧れる小学生時代を過ごす。短大では経営情報を専攻、いざ就活というときにリーマンショックのあおりを受け挫折を経験した。なかなか職が決まらない中、ハローワークで紹介されたのが地元の葬儀社。

忙しい現場で何とかやっていけたのは、先輩方のサポートとご遺族様からの「ありがとう」の言葉があったから。「人生いろいろあるんだな…」を身をもって感じた七年間。

葬儀に携わる中でマコセのお礼状に触れる機会が多くなり、紆余曲折を経て現在に至る。「ご遺族に寄り添う」をモットーに受話器を握り、耳を傾ける毎日。

大切な人が傍にいる喜びを噛みしめて仕事に励む。

 

鹿児島生まれ鹿児島育ち。鹿児島大学法文学部卒業。学生時代は4年間ジョリーパスタのホールスタッフとしてアルバイト経験あり。”常に笑顔”が売りで、お客様に孫にしたいと言われたことも。文章を書くのは得意ではないが、多くの方と繋がりを築けるマコセの仕事に惹かれて入社。私はとても単純なので「ありがとう」と言われるだけでどこまでも頑張れる。素敵なお話を沢山聞かせて頂き、温かなお礼状づくりに日々励んでいる。小2から皆勤賞を続けるほど健康な身体が何よりの自慢。特に意識はしていないが、よく食べてよく寝てよく笑う!これが大事だと思う。実は車で日本一周するのが夢。今のところ家族で交代しながら運転をし、鹿児島から福島まで行ったのが最高記録。これからも更新し続けたい。

 

西郷隆盛と同じ12月7日生まれ。学生時代は東洋史を専攻していたが、漢文を読むのが大の苦手。大学卒業後は眼科クリニックに就職するも、月初めの膨大な量のレセプト点検に耐えられず1年半で退職。もっと自分ならではの仕事がしてみたいと、マコセを志望。まさか採用だとは思っていなかったので、入社してからは毎日がドキドキ。

「ご遺族様の思いをそのまま言葉に表現できるように」をモットーに文章と向き合う日々はとても充実しています。

日々の癒やしはアイドル。AKBからはじまり、新しくグループができるたびに推しメンを変更し続け、現在は欅坂46を応援。

いつか握手会に行くのが夢だが、「休日は外に出たら負け」と思っているほどのインドア派。

 

学生時代は登下校中も本を読むほどの活字中毒。少しでも本に携わっていたいと始めた本屋のバイトでは、大好きな恩田陸と江國香織の小説が入荷されると客より早く購入していた。にもかかわらず、全く関係のない健康食品の会社に就職。仕事をしていく中で、やはり文章を読んだり書いたりするのが性に合うのだと再認識。「ここだ!」と運命を感じてマコセに入社するも、自身の語彙力と文章構成力の乏しさに絶望する毎日。と同時に限られた文字数でその人らしさを表現できるこの仕事にやり甲斐を感じる。「こんな人だったね」とご遺族が故人様と過ごした日々を思い出すきっかけになるような文章を作ることが今の目標。一つ次元の違うアイドルを追いかけて早数年…彼らが地上波の音楽番組に出演するその日まで応援し続けます!

 

9月6日生まれの氷川きよしさんと同じ誕生日です。取材中に「氷川きよしさんが好きだった」と話を聞くと、とても親近感がわき意味もなく嬉しくなります。

大学時代、飲食店や塾の講師のバイトを経験し“人に喜んでもらえること”が自分にとっての喜びであるのだと思いました。

「ありがとうを言ってもらえる仕事」人の役に立つことがしたいと就職活動に励み、会社説明会でやりがいがある仕事ならここしかないと運命を感じ縁あって入社することができました。「あなたに話を聞いてもらえて良かった」とご遺族様からお声を頂いただけで一日の疲れは全て吹き飛びます。

もっと多くの方に喜んでもらえるよう、心を込めてお礼状作りに励んでいきたいと思います。

 

 

鹿児島県伊佐市出身。大学卒業後、生命保険会社に勤務し名古屋や東京、と各地を転々とした後、福岡県の学習塾で教室長を経験。直近はパソコン教室のインストラクターとして、おじいちゃんやおばあちゃん達を相手にパソコンの電源の入れ方を教えていた。

これまでの経験をいかしつつ熱中できる仕事がしたいと転職を決意、今に至る。

モットーは「相手の話を丁寧に聞く」「好き嫌いを作らない」。

夢はご遺族に心底喜ばれる文章を書けるライターになること。

そして新築2LDKの駅近マンションに住むこと!宝塚歌劇が好き。宙組ファン。

休日前夜には大好きなハイボールを飲みながら宝塚のDVDを観るのが何よりの楽しみ。人の名前を覚えるのが得意。

 

 

高校生の時に英語に興味を持つ。

留学費用を貯める為 公務員となり、その後アメリカへ留学。帰国後オーストラリアに本社のある会社の日本支社に勤務。その後オーストラリアへ渡り、ツアーガイド兼ライフセーバーとして働く。会社や経済の仕組みを知りたいと、一年間限定で留学とワーキングホリデーの斡旋会社を経営。年齢のことも考え、一生を過ごす土地を決めようと、今まで訪れた場所の中から最も気に入っていた鹿児島を選び移住。英語に限らず、″言葉を伝える″ことの深さに興味があり、マコセに就職。お客様(ご親族・ご担当者)の立場で考えられるような仕事ができたらと思っています。良い休日が良い仕事に繋がると思い、休日は思い切り息抜きをします。水泳とサイクリングが趣味。最近一番嬉しかった買い物は、モネの絵画です。大型犬を飼うため、マイホームの購入が目標。

自分でデザインした洋服を来てみたいと思い、ファッションデザイン科に入学。

体験してみて気づいたことは洋服作りの大変さ。型紙作りから縫製までの工程を知ったからこそ、人一倍洋服を大切にするように。

卒業後は販売員として、お客様のニーズに合わせたコーディネート提案をしてきたが、一番嬉しかったことは「なんでそんなに私の好みがわかるの?」と提案した服が気に入ってもらえた時。事務も経験してみたいが、人と接する職場が良いと思いマコセに入社。

相手の気持ちを考える&急いでいる時こそ落ち着いて行動するということを心がけている。

趣味は好きなアーティストのライブに行くこと。いつかポルノグラフィティのライブで最前列のチケットを手に入れることが夢。

 

心とからだのつながりに興味を持ち、大学時代は心理学を専攻しました。そこで学んだのが‘’おしゃべり療法’’という言葉。誰かに話すだけで、心がちょっと軽くなる。対話における、情報のやりとり以上の可能性を信じて、日々仕事に励んでおります。

体を動かすことが好きで、休日はあてもなくランニングをして気分転換♪早起きして海まで走り、朝日とともに雄大な桜島を眺めるのが最近のお気に入りコースです!帰りにはパン屋へ寄り道をして、コーヒーを嗜むのも欠かせません。

一方家では、録り溜めしたアニメを見ながら黙々と家事炊事をこなします。

好きなジャンルは頭を使わないで見られるもの。「アニメは1クール5本まで」

 

 

ハリウッドスター、トム・クルーズと同じ誕生日であり、彼と同じかそれ以上の映画好き。「全ての物語はすでに書かれたものである」とよく言うが、映画芸術というものは毎回、新たな驚きと感動を与えてくれる。だから観るのをやめられない。

ご遺族のお話にも同じことが言える。

それぞれの歩みには、その方にしかないドラマがある。思わず涙ぐんでしまうこともあれば、ご遺族と共に笑ってしまうことも。

人生という物語に同じものはない。

唯一無二。それをいかに限られた文面で表現し、伝えられるか。毎日が修行です。

固いことを書きましたが、何より楽しいことが大好き。

旅も飲酒も大好き。長年にわたり、週末は密かに音楽活動を続けています。

数学教師の娘に生まれるも、大の数字ギライ。

算数、数学、理科、化学…etc

理系教科は、おそらく全て赤点経験者!

在学中は、特別支援学校の教員を目指すも卒業目前、当時のゼミ担から在籍していた大学への就職を紹介されあっさり方向転換。以来8年間、大学や高校の事務職として窓口のお姉さん?的時代を過ごす。三十路を機に、新しいことに挑戦しよう!と一念発起。半年間の職業訓練を経て、マコセに入社!

モットーは“寄り添う”気持ちだけでなく、言葉や ちょっとした間で、ぐっと寄り添う。

いろんな意味で「いい!」と感じて頂けるお礼状を届けられるよう出会いを大切に、日々精進中です。

趣味は山登り。手先がわりと器用で折り紙や工作は得意。

極度の人見知りと群れない質が災いし、職にあぶれて大学卒業。

実家の警備をひたすら続けること3ヶ月、いよいよ仕事を探そうと最初に出逢った会社がマコセ。お礼状?取材?文章作成?何じゃそりゃ!の面接を経て、確信したのは不合格。ただ、心のどこかでこの仕事の魅力を感じていたからこそ、合格だった時は嬉しかった。面接で抱いた好意は確信に変わり、今もずっと惚れたまま。

出逢いは人を変えるから、亡くなられた方のこれまでとご家族のこれからが「お礼状」という形でひとつになればいいなと思って今日も書き続けています。プライベートは一人遊びが流行中。予想通りですか?レベルはプロ級なので弟子募集中です。

 

 

医療事務の仕事を約6年続けるも、「一般事務も経験してみたい」という気持ちが芽生え転職を決意。〝一般事務〟で求人が出ていたマコセの門を叩く。が、いざ面接で話を聞いてみると想像していた一般事務となんだか様子が違う。

「あれ?」と思っているところに見せたもらったのが、オリジナル会葬礼状。驚きの出会いから、現在に至る。この仕事で最も大事にしているのは聞く姿勢。「この人(故人)について知りたい」という思いや、丁寧な聞き取りがご遺族の心に寄り添う一歩に繋がると信じている。

マコセはアクティブ女子が多く、素敵な仲間に誘ってもらって様々なアクティビティに参加。今年の大きな挑戦は、社員旅行でのスカイダイビング。新たな経験から得た感動を、仕事に活かしたい。

人見知りだが話好きな私には電話応対の仕事が一番だと思い、学生時代はコールセンターでアルバイトをする。そのまま電話営業を続けるうちに、話し出す前に受話器を置かれる毎日に嫌気。そんな時この会社に出会い、奇跡的に採用して頂く。

「頑張ります!」と意気込み入社するが、数日で意気消沈。友人に、「高速道路で三輪車をこいでいるような気分」と話したことを思い出す。こんな仕事私には…と思っていたが、先輩方の文章やご遺族様の想いに触れ、やりがいを見出だす。

全てにおいてまだまだ非力ではあるが、ご遺族様からの「ありがとう」の一言に支えられ 今に至る。好きなものはカフェオレと音楽。ジャンルは問わず、劇伴も大好き。

 

 

幼い頃、両親の読み聞かせは日課であり、子供部屋には本棚が幾つもあった。おかげで国語が自然と好きになり、というより国語しかできず、大学は教育学部の国語科へ。周りが教職の道を進む中、せっせと就活に励む。縁あって国語に携わる仕事に就けたことは、運命なのかもしれません。仕事に対する熱意は人一倍(と勝手に思っている)。効率的に仕事をこなしつつ、ご遺族様との対話を何より大切にするのがマイルール。一緒に笑って一緒に涙ぐんで、顔を合わせずとも距離が縮まった時、この仕事をやっていて良かったと実感します。時が流れてもご遺族の宝物となるような、故人様ならではのかけがえのない一枚を作るべく、奮闘中。プライベートでは、「趣味を作りたい」と もう3年は言い続けている。

 

 

大好きな動物について学んだ専門学生時代。

その後1年のフリーター生活を経てマコセを知ったのはハローワークにて。「文章作成?パソコン?大好き!」思い切って履歴書を送ったところ、年齢や経歴を考慮して「まずは校正のお仕事からどうですか?」とのこと。先輩方の文章を読んでいくうちに自分も書きたいという意欲が増し「やらせてください」とやる気だけで押し切りアピール。今思えばとても生意気(笑)念願叶いライターの世界へ!

「迷惑を掛けたり落ち込んだりもしますが、私は元気です」デスクは黒猫だらけ。ジジや動物をこよなく愛し続けます。

最長取材時間は2時間30分。社内最長記録維持中。お電話口の方が心を開いて沢山話をして下さることが、この仕事における私の長所です(笑)

様々な世代の方とお話する機会を求め夜間制の学校へ。人見知りな私は、そこで言葉で何かを伝えることの難しさに直面した。そんな中マコセと出会い、お礼状の言葉全てが綺麗だったことに感銘を受けた。

入社してからは毎日が勉強と成長の積み重ね。時には大きな壁にぶつかることもあるが〝新人ということは言い訳だ〟この信念を持ち、日々懸命に取り組んでいる。家族のお礼状を書いた際には、この会社に入ってよかったと改めて感じることができた。

私は、名前やおしゃべり好きという共通点が多いせいか、社内で〝ちぇるちぇるランドの王子様〟の愛称で親しまれている。照れくさい反面、言われなくなるのは少し寂しいと思ってしまう…そこもまた似ているのかもしれない。

 

 

母体内で心音が止まったアクシデントを乗り越え、11月22日、ケネディ大統領が暗殺された日に無事誕生。やりたいことも夢もないまま大学に行き、体育2のくせにスポーツクラブに勤め、数年を過ごす。

コンビニやツ○ヤも経営している会社内のコンテストで一位をとり表彰されたのはささやかな自慢。やがて一般事務と信じて面接を受けマコセに入社。冠婚に進むつもりが葬祭に…と思ったのはもう7年前で、いろいろなことがありました。好きなものは牛肉と米と酒。お礼状をお届けしながら、グリーフ番長として、大切な人を亡くされた方にはもちろん、葬儀社の方、すべての人にグリーフって身近なものなんだと知ってもらうべく目下奮闘中。最近大きな夢を見つけました。

 

 

 

思えば、幼い頃から何一つ人より先に出来たことがない。かけ算も かけっこも、水泳、なわ跳び、とび箱…勉強やスポーツに限らず“周りは普通に出来るのに自分だけ出来ない”そういう場面ばかりだった。私は要領が悪いのだろう。

30歳を超えた今でもよくそういう場面に出くわす。けれど私は今、苦手だと思うものは一つもない。子供の頃は、出来ないことにぶつかるたびに 夜な夜な親と一緒に公園や駐車場に行き 出来るまで練習をした。神様は私に「要領のよさ」はくれなかったけれど、それを乗り越える「根性」をくれたのだと思う。時間がかかっても、人より苦労をした分だけ、出来ない人の気持ちに寄り添える、努力したもの全てが次への糧になる、そう信じてこれからもどんなことに対しても「頑張って」歩んでいきたい。

文章を書くことよりも、計算したり図形を見たりすることが好きだった学生時代。

そしていつしか

「数学の先生になりたい」という夢を持ち、教育学部へ進学。卒業後は一度塾に就職するも、「夜より昼働きたいからやっぱり一般事務」という思いを胸にマコセに入社。入社してみたら一般事務ではなく、さらに文章を書くのはやはり得意ではなかったけれど、良い仲間に出会えたこの会社、そして何よりこの仕事が大好きです。

特におしゃべり好きな私にとって取材の時間は魅力的でした。故人様の思い出の地や職業、趣味などなどご家族から伺ったことで得た知識は財産です。

2017年8月長女を出産。現在は初めての育児奮闘中。母、妻、そして仕事の両立を目指します。

 

大学在籍中は、障がい者施設でのボランティア活動に夢中。そのまま福祉関係の道に進もうと高齢者施設に就職するも、祖母の死を機に地元鹿児島に戻ってきて、マコセの礼状と出逢う。

オリジナル会葬礼状を作る方は政治家から専業主婦まで実にさまざま…。その中には障がいを持つ方もいた。無駄になってしまったと思っていたわたしの過去の経験も、役立つと気づいて嬉しかった。24歳で礼状作りを始め、今年で34歳。その間、社員旅行で韓国とベトナムに行った。山登りとキャンプが趣味に加わった。

子を授かって、母になった。日々色々なことがある。その全ての経験を糧にして、今後さらに深みのある文章作成をめざしたい。

 

 

 

幼少から あだ名は「本の虫」。育児の忙しさで数年 離れるも、今はAudibleを利用して月に二十冊以上は読んでいます。

紆余曲折の道のりで、どんな局面においても助けてくれたのは「言葉」。

友人からの一言や、テレビから聞こえるワンフレーズ。そして、本の中で出会った活字達…。現在は取材中に頂いたご遺族からの声も、その一つ。

唸りながらキーボードを叩き、思いを巡らせ

ぴったりの表現を探す毎日…「修行が足りぬ!」という自身の声も耳に痛い!「文章は人間力」に他ならず、自身の全てを総動員して、言葉を綴ってまいります。

デスクに飾ったディズニーキャラ、マイクワゾウスキ君の前で、日課の瞑想も欠かしません。目的?勿論、「鬼母」の異名 返上の為です。

一般事務、アパレル、巫女、カフェ店員様々な職種を経て、お礼状作成の世界へ。

会葬礼状の魅力を自身の経験で学び、飛び込んではみたものの、先輩方の文章に圧倒される毎日。

年間60冊を目標としている読書がいつか役にたつ時が来るのか来ないのか。様々な知識を必要とするこの仕事の奥深さを魅了され始めている。

子供の目標とされるようなスーパー母ちゃんを目指し精進したい。

喪家様が故人様を偲び、悲しみの中で一瞬だけでも笑顔になれるようなお礼状を志しています。

 

 

 

 

 

短大での臨時職員を経て、一般事務職に就く。20代前半で寿退社。夫とワーキングホリデーでオーストラリアのパースに移住。デリや日本食レストランで働きながら海外での生活をエンジョイ。

子育て中だけど、働きたい!夏休み明けに勢いで職安に行く。2008年9月マコセ入社。

迷惑だけはかけたくない!!とにかく仕事を覚えるのに必死。家訓「随所作主」を胸に、置かれた場所で一生懸命にがんばる日々。

忙しい時にこそ、優しい心遣いのできる人でありたい。初心忘るべからず。

休日は、友達に会ったり、ご朱印帳をもって神社巡りをしたり、愛犬に癒やされたりしてリフレッシュしている。

 

子供英会話教室の事務をしていた私は、周りの影響もあってワーホリでカナダへ行こうと思い立ち、4年勤めた会社を退社。1年間の留学を経て帰国後すぐに結婚。

ぼちぼち仕事でも探そうかと派遣会社へ登録したところ「3ヶ月の短期で」と紹介され、こちらで働き始める。延長、延長で派遣で3年。その後パートとして直接雇用して頂き、気がつけばもう古株…。途中、妊娠・出産・育児のため、パートでは初の産休育休を取得させて頂き、復帰。

家事と育児では手抜きと失敗ばかりだけど、仕事では①基本を守って②迅速に③流れ作業にしない…を心に留めて校正にのぞみ、そして④優しい気持ちをもってサポートしていきたいと思う。

短大卒業後、金融機関に8年間勤務。窓口の花からあだ花に変化する前に退社。運良く拾ってくれる勇気ある夫をゲット。3人の男子を出産し子育て、充実した数年を送る。夫の仕事上、引越し回数10数回、下手な業者よりも仕事が早いと自負している。やがて市内に落ち着き再び金融機関にパートとして再雇用され8年ほど勤務する。会社の方針により退職を余儀なくされ心ならずも専業主婦に。鬱々とした日々に見切りを付け就活、数字の仕事から一転、文字の世界に飛び込み今に至る。この仕事の奥の深さに驚き、感動を頂きながら精進している毎日。心に留めている言葉は ”明けない夜はない。”

 

 

 

鹿児島生まれ鹿児島育ち。大学では国文学を専攻。在学中に鹿児島弁の腕?を買われ、教授の方言研究の対象になったことも。卒業したのはまだ世の中がバブルを謳歌していた頃で、当時最先端の「ポケベル」会社に就職。今思えばずいぶんと浮かれたOL時代だった。その後子育て中はPTA活動に励み、子供に手がかからなくなったことを機に就職活動。幾つも断られ半ばあきらめかけていたところにやっと得た職である。活字を読むことが昔から好きで、校正しながら ついつい涙をこぼしてしまうこともある。自分は役に立っているのか?と未だに悩みながらも、これまで酸いも甘いもかみ分けてきたからこそお手伝いできることがあるはず、と自分を励まし今日も黄マーカーを握っている。

医療関係にあこがれて念願の病院勤務。色々な人間に出会い様々な人間模様に驚きつつ 心身を鍛えられ 充実した日々を過ごすそんな時 ふと マコセを見つける 偶然にも父の礼状もマコセで作成していたことに気づく鹿児島らしくない会社だなと思いつつ 新たな希望 可能性を求め 今に至る。趣味は散歩走ること いつかホノルルマラソンへ

 

 

 

 

 

 

 

高校を卒業後、鹿児島を出たい一心で東京へ。小さいころから雑誌が大好き。編集プロダクションに勤めるも、ハードな日々に体調を崩し、鹿児島へ帰ることに。何をしようか悶々としていたところ、たまたま手に取った情報誌の求人をみてマコセへ。

入社した最初の頃はこんなに人が走り回る会社があるんだ、と驚く。上司が「1分1秒でも時間がほしい」そう言っていたのも納得。そこで即戦力になりたくて、先輩の行動をよく見て、考えて行動するも失敗ばかり。毎日心が折れながらも、東京での挫折をバネに業務と向き合う。そんな日々を送り3年目。最近やっとわかったことは、仕事はチームワークと連携が大事だということ。特にサポート業務は必須だと感じている。やるからには最高のチームを目指したい。

高校卒業後、専門学校に通うため上京。資格を取得し、その地で仕事に就き数年。

その間、関東大震災に見舞われ日常の尊さを痛感。”何かあった時に大切な人の傍へ駆けつけられない”という後悔をしたくないと思い生き方を見つめ直し、再び鹿児島へ。学生の頃より様々なアルバイトや職種を経験。書に携わる仕事に出会い文章が人に与える影響を改めて実感。そんな中、現在勤めさせて頂いている会社の”お礼状”を知り興味を持つ。千差万別の人生を表現することの難しさを感じながらも、同じ気持ちで一緒に作り上げていけるのは誇らしいことだと思う。へこたれない強さを持つ!をモットーに日々邁進。菓子に目がなく新しいもの好き。趣味はカメラ片手に散歩。

金融機関、花屋勤務を経て、マコセへ入社。マコセ?何の会社だろうと思い、検索。HPを見て衝撃を受けた。このお礼状、見たことある!何年か前、父が参列した葬儀で配られていたお礼状。私は全く面識のない方だったのだが、あの感動を忘れられないでいた。絶対にここで働きたい!その想いが通じたのか、縁あって入社することができた。今まで全く知らなかった葬儀の世界。時間はタイトで常に追われる日々。でも、進歩、成長、変化できる場所。忙しい中、注文して下さる葬儀社様、そして何よりご遺族の方の為に自分にできること、自分にしかできないことを模索中。

誰が正しいかではなく、何が正しいのかを考え、行動するようにしている。

 

高校卒業後、百貨店にて10年間勤務。

子供服を販売し、販売の楽しさを学びました。

同時に接客業の難しさ、大きな会社にいることの窮屈感を感じ転職することを決意。

新たな職場に求めたのは自分の仕事に誇りが持てること、職場の風通しが良いこと。色々な職種・企業のHPなどを拝見し、マコセを見つけ、スタッフの仕事に対する想い、会社の雰囲気の良さに惹かれここで私も働きたい!!と思い履歴書を送りました。

縁あって今私はここで働いています。

まだまだ足りないことだらけだけれどどうしたら皆仕事がしやすくなるか、自分がどう動くのが一番いいのか考えながら仕事をしている毎日はとても充実しています。

一般事務で入社したはずが、数日のオペ研修の後なぜかご不幸広告の研修を受けることになり、そのまま営業に。「私利私欲ではなく利他の為」を座右の銘として、「お客様に喜んでもらう為に何ができるか」を考えて日々働いている。「スーツが似合う」とか「尾嶋さんは怖い」等と言われるが、それだけ真剣に働いているという自負はある。また、飲まなくても利き酒ができるほどの酒豪としても名を馳せている。酒器にこだわって日本酒を嗜む時も、普段使いのグラスで焼酎を口に運ぶ時も、いい笑顔で仕事をした後の一杯は格別。12歳の愛犬レアルのぬくもりを感じながらくつろぐひとときが、明日への活力となっている。

 

 

一般事務だと思って応募したら、実はライターの募集だった。たまたま総務・経理に欠員が出たためその後任として入社し現在に至る。働いてみて思ったのは、いい仕事をしている会社だな、ということ。人に自慢したくなる仕事だが、実際書いてるのは他の人で自分は経理なのがちょっと切ない。自分の仕事はちゃんとやろうと思って毎日働いているが、自他共に認める適当な性格なのがネック。だが、そんな自分が嫌いではない。得意なことは自転車を漕ぐこと。小学生の頃から他の追随を許さぬほどのスピードで走り抜けてきた。今後の目標は協調性を育むこと。そして動物が苦手だが犬を飼いたい。赤ちゃんの頃から育てたらきっと懐いてくれると信じている。愛称はまっちゃん、または黒松。腹黒いかららしい。心外だ。

高校生のときに短期でベトナムを訪れ、海外の楽しさを実感。大学では経営学を専攻してゼミに奮闘する一方で、専攻とは関係のない講義を利用してインドネシアでホームステイをし、さらに海外欲が高まる。先輩からの紹介でマコセを知り、入社。この仕事をして初めてオリジナル礼状の存在を知った。仕事に難しさを感じるものの、遺族の想いを形に出来ることに魅力を感じた。念願の語学留学のために長期休みをもらい、その後復帰。一度、日本語を離れた生活を経験したことで、より日本語の難しさ、奥深さ、そして表現の多様さを実感。復帰してからは、以前より一層やりがいを感じながら仕事に取り組んでいる。

 

 

映画館の雰囲気が好きで、バイトとして勤務。ポップコーンなどを販売し、接客業の難しさを覚えた。その後、年金関係の仕事をし、そこでは個人情報の取り扱いについて厳しさを知った。電話会社のコールセンターにも勤務し、苦手な電話応対を頑張っていた時期もある。小さい頃から「先を見なさい、2歩も3歩も先を考えない」と言われ育ち、今でもその癖は健在。

末っ子だからか、人間観察が好きでそのお陰か視野を広くするようになった。

月イチでネイルを変え、4年程加圧にも通い、季節ごとに花やイルミネーションなどを見に出かけ気分転換。今まで就いた仕事が今のマコセでの仕事に繋がっている。どこにいても自分らしさを忘れないように歩いていく。

旅行や空港の雰囲気が好きで、旅行会社へ就職。お客様からは、何故か「初めて会ったとは思えない」といつも仰って頂いた。素敵な方々との出会いに恵まれ、貴重な経験をし、約7年勤め退社。医療関係へ転職しアロマセラピーアドバイザーの資格を取得。ホスピタリティ推進委員として活動するなかで、周りを思いやる気持ちやコミュニケーションを取ることの大切さを学んだ。マコセを知り、職員がキラキラと輝いていてパワーのある会社だと感じた。今まで学んだことを活かし、日々忙しい中でも、常に周りを気遣える人になりたいと思っている。年齢に負けないよう、マコセに入社したと同時に習い始めたドラムで脳トレ中。

 

 

幼い頃から好奇心旺盛。マコセでも思ってもいなかったような多くのことを経験中。総務・経理・庶務・料理・ナレーション・ガイド・フラダンス等。「あれ?私の仕事って一体…」とにかく日々経験、日々成長!常にアンテナを張り、各部署のSOSに気付きフォロー出来るよう努めています。自分がSOSを出した時は、優しい仲間に助けてもらい。感謝。

仕事外でも、趣味に付き合ってくれる人がいっぱい。良い仕事をしている、素敵な人たちに囲まれて幸せです。おばあちゃんになったら、小さいパン屋さんを開くのが夢。それまでは、みんなが笑顔で働けるよう、笑顔でフォロー。電話の向こう側の、見えない誰かも笑顔になりますようにと願いながら。

 

「ミスなく迅速に」をモットーに、日々業務に打ち込む経理ウーマン。心がけているのは、段取りを考えて早目早目に準備を進めること。細かなミスも逃さぬよう、チェック作業にも力を入れています。

これを表の顔とするならば、裏の顔は知る人ぞ知る20年来のGLAYファン!

「HAPPY SWINGER」らしく日本全国のライブに出没しております。

夢は10年後のヴェネツィアライブに行くこと!その軍資金を貯めるのが今の目標。

他にもプラモデルを作っていた過去やアニメ好きの顔も。カラオケのレパートリーは、半分はGLAYで半分はアニソン。辛いものと運動がキライ。

人からは声がかわいい、怖い、A型らしいなど色々言われる、ツンデレのデレなし属性。

 

感情が表に出やすいため、好きだった接客業から事務中心の仕事に転身。日中の9割をパソコン相手に過ごすようになる。やがてエクセルの魅力に取りつかれ、関数を勉強したりマクロで簡単なドット絵のアニメーションを作成したりしていた。現在、その情熱は校正業務へと注がれている。テレビのテロップに間違いを探すようになったのが最近の悩み。校正の際は、お礼状の「受取人」の立場に立って文章を読むこと、そして、お礼状は「商品である」という意識を持つことを心掛けている。文法や言葉の持つ意味など、寄る辺となる知識を増やすべく日々精進中。

学ぶことの多さに気が遠くなることもあるけれど、表現ひとつ、文字ひとつとってもより良いものを相手に届けたい。作成に携わる誰もが気持ちは同じだと信じて、今日も赤ペン片手に頑張ります。

※幼少期から高校まで鹿児島市で過ごし、神奈川の大学で日本文学を学ぶ。※ロンドン大学に留学した祖父の足跡を辿り渡英。

ロンドン芸術大学で舞台美術と舞台衣裳を専攻。滞在期間6年の間にロンドンに関するカルチャー系の本を友人と共著で出版した他、TBSテレビ番組リポーター・リクルートの週刊住宅情報テレビCM主演・NTTのCMセットデザイン・通訳など様々な仕事を経験。※帰国後、東京の出版社マガジンハウス アンアン編集部で、記者として12年間ファッションを中心とした女性のライフスタイル全般を網羅する雑誌の編集に携わる。

※趣味は香道・能鑑賞・旅。異文化を求め訪れた国は30カ国。※RESPECT(尊重)が信条。

 

 

小学校時代はピアノに吹奏楽にと音楽一筋だった。ザ・文化系で運動が全くできないにも関わらず、中学校では友達と一緒にバスケ部に入部。そのまま高校でもバスケを続けるが、練習についていけず2年の時にやめる。しばらく帰宅部で平凡な日々を送っていたが、高3の文化祭でバンドをすることになり再び音楽の道へ。今ではギターで弾き語りができるぐらいには上達した。

マコセに入ったのは先輩の紹介がきっかけで、慣れない仕事に悪戦苦闘しながらも、オペさんたちと一緒になって礼状を作り上げていくことに日々やりがいを感じている。

書道と音楽、学生時代はもっぱら芸術に励んできた。集中してひとつの作品を仕上げる、その作業はお礼状制作と似ていると感じる。

この作品を見た人が、このお礼状を読んだ人が、どのように感じ、どのような感想を述べるのだろう。マコセのお礼状制作の先にいる方々を思い浮かべながら、日々校正に取り組んでいる。

日々の疲れを癒やすのは、趣味である音楽鑑賞。この仕事をするようになってから、より感性を磨いて、人生を豊かにしたいと思うようになった。

高校まではハンドボール一筋。その後は憧れの一人暮らしをするために、県外の大学に進学。大学では国語を専門に学ぶ。国語、日本語に関する知識を生かして働ける仕事を探していたところ、先輩にマコセを紹介され、勤めるように。それまではオリジナル礼状の存在を知らなかったが、出会ってからは一社員でありファンでもある。時間に追われる中でも、一つ一つの礼状との出会いを楽しみに校正に励んでいる。

常に責任を感じながら働く日々の癒やしは、旅行と読書。この仕事を始めてから、より 充実した日々を送ろうと心掛けるようになり、趣味にも全力を注いでいる。

バスケをはじめて早14年。体を動かすことが好きだ。一方で、家の中にこもって読書をしたり、絵を描いたりすることが昔からの楽しみ。ゼロから何かつくる仕事や、文章に関わる職に就きたいと思い、マコセに興味をもった。大学時代は哲学を専攻しており、自己愛社会について考えてきた。浮かんで疑問。現代における「生きがい」って何なんだ?お礼状を通して、様々な人生を少しずつのぞかせて頂いている。他人の生き様はとても興味深い。真摯に向き合って、ヒントをもらいながら答えを探していこうと思う。

若かりし頃は歴史学の研究者を目指していたが、色々あって途中下車。人より数年遅れて就職活動を始めるも、書類審査は通るが面接でことごとく落ちるという憂き目にあう。たまたま派遣会社で校正の職を紹介されて以来、校正畑一筋に歩むことに。ますますつぶしがきかない経歴になってしまったものの、黙々と文字を追う仕事はシャイで人見知りな私にとっては天職なのかもしれない。推理小説やSFを読んだり、ネコの画像を見るのが好き。ネコのように雄々しく自由に生きたいと思う。引退したらロッキングチェアに揺られながら読書三昧の生活を送り、ネコさまたちとともに穏やかに暮らすのが夢。

中学校・高校ではバスケットボール部。大学では教育学部に入学し、理科を専攻。動物生態学を研究するゼミに所属。スポーツは見るのもするのも好きだが、少しずつ疲労が抜けにくくなる身体に限界を感じ、今はゲームの中でのみ。高校時代の知人の紹介でマコセを知り、仕事内容に興味を持ち勤めるように。社内の雰囲気もよく、漢字や文章など日常につながることが学べる職場だと実感している。まだまだ知識・経験とも不足しているが故人様の人生の最後をよりよい形で見送れるよう、ほんの少しでも役に立てたてるようになりたい。

東京の出版社を退職後、フリーライターに。食と医療をメインに、雑誌や書籍、ウェブサイトの企画と執筆を行っていたが、親の病気をきっかけに2001年に鹿児島に戻る。年々、参列する葬儀が増えるなか、友人の父親の葬儀で配られた会葬礼状に感銘を受け、その数年後、縁あって現在の仕事と出会う。今度はライターではなく、校正で関わりたいとこの世界へ。

ミスの許されない厳しさに胃をキリキリさせながら、ご家族から故人へのラブレターでもあるお礼状が最高の手紙になるように、真剣に向き合う仲間に誇りを感じる日々。仕事の緊張は、愛犬との散歩、たまのプールや酒でほぐしている。

人見知りだが、人が好き。社内での関わりはもちろん、お礼状を通して様々な方の姿を見せて頂けるこの環境はかなり幸せである。

先輩からの勧めで、特に何も考えずに入社したが、根は完全に理数系である。また本は好きだが漢字は雰

囲気で、とデタラメな読み方をしていることも少なくはなく・・・。入社直後は、ひたすら漢字を勉強して今に至る。漢字はもちろん言い回しや、文章の流れなど、日々学ぶことの大切さを噛みしめながら、真面目に礼状と向き合う日々である。

料理・映画・ファッションに興味があり渡仏を夢見た高校時代を過ごし、外語短大のフランス語専攻、大学のフランス文学科へ進むもアルバイトに明け暮れた4年間。卒業後、留学までしたものの結局、東京にてアパレルの会社に就職。

プレスを経てショップ勤務、休肝日ゼロの楽しい毎日を過ごし色々あって帰鹿。その後マコセに入社、ライターとして勤務も結婚・妊娠を機に退社。

約7年後、また雇っていただきサポートとして頑張っています。

中学・高校では弓道部に所属。そこで培った集中力を活かし、校正に臨んでいます。

ご遺族様のお気持ちに寄り添い、丁寧な文章を作成しているオペレーターの礼状をより良くするよう常に心掛けております。マコセは、礼状を通して自分の人生観に影響や刺激を受けたり 日本語力が向上したりできる と実感できる職場です。

オペレーターのサポートに責任を持って尽力し、自らも成長していけるよう 日々励んでまいりたいと思います。

中高と絵を描くことが好きで、もっと専門的な勉強がしたいと美術の専門学校に入学する。漠然と絵を描く仕事がしたいと思っていたのだが、専門学校で職業としてやっていくのは厳しいと知り断念。学校で紹介されたこの業界に入る。

マコセとはありがたい事にご縁あり入社。日々勉強の毎日。自分の今までの甘さを痛感してます。

休日はボーッとするか、海外ドラマや映画鑑賞。ネット配信という文明の利器に感謝する毎日。

文章に関わる仕事へ転職したいと思い、マコセに就職。校正というサポート業務の中で文章作成に携わることが出来る。1分1秒を大事にし、集中してミスのないよう確実に迅速にチェックするように努めている。その先にいらっしゃる葬儀社様、ご遺族様のことを想いながら、責任を持って仕事に取り組みたい。職員ともコミュニケーションをとり、休みの日には大好きな小物作りでリフレッシュしながら、充実した日々を過ごしている。

県外の大学に通いながらバイトを転々としていたところ、友人にマコセを紹介される。大学では日本語学の講義をメインにしていたためそのまま勤めだす。元々読書が好きだったので天職だと思うように。

文章を読むうちに読めなかった、知らなかった漢字も分かるようになりある程度はスラスラ読めるようになったので凄く勉強にもなる。

またお礼状を読むときにはその人の人柄、趣味など様々なことからその人を想像して読むようにしている。

職業柄か普段の生活でも言い回し等が気になって仕方ないときも...。

 

 

小売店・某大手飲料メーカーの営業事務を経て、新聞社に勤務。

「遡及」という独特な業務を経験する。読むのは簡単でも実際は時代に伴う言葉の移り変わりや人権や著作権など様々な制約があり、一歩間違うといち個人の名誉が半永久的に傷つけてられてしまうということ。それだけ紙面の影響力は大きいことを学んだ。

これまで文字を扱う仕事をしたことがなかったが、ご縁がありマコセに入社。日本語の難しさと自分の読解力の未熟さを日々実感する。心掛けていることは、「平常心を保つ」 「曖昧さを受け入れられる大人になる」長所は好奇心が旺盛。短所は飽きっぽい。

物事を継続できる忍耐力を養うことが私の生涯の目標。

園児の頃の夢は「アンパンマン」小学校を卒業する頃には「地方公務員」になるのが目標だった。大学時代はバイト三昧の日々を送りつつ、ブラジルやドバイに飛ぶ。所属していた研究室では営業や広告デザイン、農業をかじり、様々な経験をさせて頂く中でデザインに強く興味を抱き、独自に勉強をはじめる。

「会社のためではなく、お客様を第一に仕事をしたい」と思い2年のバイト経験を経て大学卒業後そのまま入社。

忙しいと忘れそうになるが、何のために自分は頑張るのか常に心の中で問いただすようにしている。癒やしはペットと触れ合う時間。

インドア派だが、今一番興味があるのはブッシュクラフト。

強く、たくましくなりたい。

今いちばん大切に思い、実践していること。それは『一日一日を丁寧に生きる!』当たり前のことだが、実はこれまであまり意識していなかったように思う。縁あってマコセに入社し、この仕事に就いていなければ気づかなかったかもしれない。

家族や友達、職場の人達と元気に顔を合わすことも、明日また同じようにできるとは限らない。おいしいご飯が食べられる、好きな本を開いたりお気に入りの音楽が聴ける。行きたいところへ行ける。そして働ける場所がある。全部幸せだ。日々の小さな幸せを見逃さない生き方が目標。ココロとカラダの健康づくりも欠かさない。今日と同じ日は来ないからこそ、どんなときも感謝の気持ちを忘れない人になりたい。

北の大地、北海道に産まれましたが、南国鹿児島の生活を満喫しています。寒がりだった私ですが、暖かい気候や温泉、耳に心地よい鹿児島弁、たまに飲む芋焼酎にも心温かくしてもらっています。そして、忘れてはいけないのは「鳥刺し」です。鹿児島で出会うまで、こんなに美味しいものがあるなんて知りませんでした。

札幌の広告代理店でデザイナー、東京の文房具メーカーでのプロダクトデザイン、出版社でのウェブ制作を経て、弊社ではパネル製作や写真加工を中心に携わっております。「写真」には多くの方の幸福な時間やメッセージが反映されています。それらに真摯に向き合い、皆様にお届けするお手伝いができるよう心掛けております。

家電メーカーで営業事務の仕事をしていたが、結婚を機に退職。その後、飲食店で接客販売の仕事をし、第1子出産後にマコセに入社。子育てしながら仕事との両立は大変だけど、子供の笑顔が何よりのエネルギーとなっている。

第2子出産のため、産休・育休でしばらく仕事を離れていたが、復帰。この仕事のおかげで、漢字や文章に強くなった(ような気がする)。仕事中は座っている時間が長いが、自転車での通勤で運動をしている(ような気になっている)。休みの日には、子供と一緒に遊ぶことが一番の癒し。

トミカやレゴ、シルバニアファミリーなど、子供よりも、母親の自分のほうが集めたくて仕方がない。

音関係の仕事がしたいとレコーディングスタジオに就職、声優さんの声を収録したり、映画製作にも携わる機会に恵まれた。

そこで映像編集をしているという人と知り合ったことで映像にも興味を持ち、テレビ局で編集作業に携わる。

芸能やグルメから事件事故の映像編集を行っていた。

不規則な生活から、帰鹿したことで休みの日は友人や家族と温泉に浸かるのを楽しみにしている。

フューネラルに関わることで、故人様に敬意を持って仕事にあたることを心がけていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

デザインの専門学校に入り広告やウエブデザインを勉強後、ネット販売の会社に就職し、商品ページを日々作成。その後ゲーム好きがきっかけでゲームセンターにて働く。UFOキャッチャーの腕前をメキメキと上げる中、今と違う自分を見つけたい、もっと自分の為になる仕事につきたいと思うようになりマコセと出会う。

マコセで働くスタッフのご遺族様に向き合う姿勢に感動し、私も少しでもご遺族様の悲しみを癒したいという想いで日々サポート業務に励んでいる。

また、マコセに入って自分中心だった考えが少しずつ人の為に何ができるか考える力が身に付くのを実感している。

 

 

 

 

 

 

 

学生時代、飲食業・接客・試験監督・ライブスタッフ等等多種多様なバイトを経験。某百貨店での業務の一つお歳暮スタッフもしていたが、膨大な量があるなかこれは住所・宛先・お名前全て間違えないように扱わなければいけないというものだった。それが今にも繋がっているのかもしれない。就活中にマコセと出会い、“想いを形に”そのキャッチフレーズに心惹かれ、深く中身を知りここで働きたいと決意。入社後日本人なのに母国語である日本語が何気に難しい事に気づく。海外が好きで英語を勉強していた当時の私にはとても衝撃的だった。昔、外国で日本語を教えたいと志していたが、それよりもまずは正しくて綺麗な日本語を使えるようになりたいと思った。日々学ぶ毎日だが、どんな時も心の中にあるのはお願いして良かった!と思ってもらえるものをお届けしようということ。人は皆違う人生を送り、素敵な御家族との絆がある。目には見えない心の中にある想いに傷をつけない様、想いを込めて向き合っていきたい。

2016年度新卒としてマコセに入社。短期大学部時代には音楽療法を学び、その後、大学部へ編入学した。

就職活動では短大時代に学んだ音楽療法や福祉の知識を生かせるような医療・福祉の職場を探していたのだが、何気なく参加したマコセの説明会で、この会社と商品に一目惚れし「ここで働きたい」と強く思った。

働く方々も本当にいい人ばかりで出逢えたことに心から感謝している。

日々の業務では様々なことに挑戦させていただき、色々な力を身につけながら成長出来ていると思う。感性を磨き、もっといいものが作れるよう、そしてもっともっと戦力になれるよう自分に厳しく頑張っていきたい。

気がついたら英語や英米文学に興味を持ち始め英文科に通った。英語漬けの学生時代を過ごした。すると今度はコンピュータの言語に興味を持つようになった。主にJavaを学んだ。自分の知らない人と世界を結ぶツールに興味を持つ自分を知った。しかし今日の私は、フューネラルの仕事に就いている。

英語でもなければ、プログラミング言語でもない、生まれてからずっと話してきた日本語だ。なのにこんなにも毎日悩み、目に見えない故人様やご遺族様に真剣に向き合い時に涙する。でもそこにやりがいを感じている。お礼状は、故人様とご遺族様をつなぐ大事な大事なツールである。故人様に寄り添ったものを届けられるよう日々励んでいる。

百聞は一見にしかず・・・

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